神々の憂鬱

インターネット・コミュニティの重力方程式

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1.<はじめにことばありき>>>>>

 映画監督で脚本家のクリストファー・ノーランと、同じく脚本家の弟ジョナサン・ノーランは、大胆かつ複雑で深いストーリーを紡ぎ、その中にある種のトリックを仕掛けることで有名である。トッド・マクガヴァンに至っては、それを“クリストファー・ノーランの嘘”だと表現する。無論、辻褄を合わせようとしても合っているようで合っていないズルがあるのも承知の上だ。

 まあ別に映画の中の話しなのだから、多少辻褄が合わなくても、監督や脚本家を責める理由はないだろうにと思うのだが、ここにはファンならではの口惜しい裏切り。つまり大好きな相手に素敵な嘘をつかれて、一瞬奈落の底に落とされた、その直後に“嘘に決まっているじゃないの”と言われた時の気分を込めているのだと思う。

 あるいは、いつも本当の事を言ってくれない片思いの相手がその気にさせる素振りを見せることへのヤキモキした感情、積もり積もったいらだち、いっそ嘘なら嘘だと言って欲しい、そんな気持ちになっている時、いつの間にか相手はいなくなっている。たった今まで、そこに居たはずなのに。

 そもそも彼女の名前は?いや、名前だけでなく、顔も思い出せない。それなのに胸は張り裂けんばかりの想いが募っている。一体、ここはどこなのか、われわれは誰なのか?と自分の存在の足場を失うことでパニックに陥ってしまう。夢だったのか、夢なら覚めないで欲しかった。ああ、このような気持ちにさせる“彼女は酷い嘘つきだ”、いや、酷い裏切りだという憎しみにかられる。

 しかし、そこはスクリーンの前であって、自分がお金を払って入った劇場にいて、自分だけが、勝手に彼女のことを崇めていたのであって、彼女は私の存在すら知らないのである。こうなるに至って、酷い仕打ちは彼女の創造主に怒りが向けられる。一体何の理由があって、こんな切ない思いをさせるのか、いっそ出会わなければ良かった。いや、生まれて来なければ良かったと自分の運命を呪い、更には自らの創造主に復讐心を抱くに至ってしまう。

 とは言え、創造主もあなたのことを彼女のことも、実は何も知らないのである。神々が憂鬱になってしまうのは、自分に向けられた勝手な尊敬や願い事、恨みや悲しみにいちいち応じきれないからである。そもそも、神々は万能でなく、われわれと同じ悩みを、いやもっと大きな問題を抱えていて、すべてを根本からやり直したいと感じているのかも知れない。それどころか、すべてをおっぽり出して、どうでもいいと思っているのではないか。

 映画は映画館を出て、ほんの少し時間が経つと現実に戻れるのだが、インターネット上での人間のやり取りはもっと複雑である。まさに虚実が入り乱れるのだ。大いに人生を狂わせてしまう。

 ちなみにクリストファー・ノーランは大のインターネット嫌いで有名らしい。おそらく彼の酷い仕打ちをしたに違いない。あるいは神を演じて失敗し、二度とやるまいと誓わせたのかも知れない。われわれがこのような時代に生きて心苦しいと感じるのは、こうやって気の利いた褒め言葉を彼に書いたとしても、直ぐさまメールが届くのである。“あなたの言っていることは間違っている。クリストファー・ノーランより”、と。

 


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